森の瞳と虹の聲

La voix entre l’ombre et la lumière

Chapitre I

音が、先に出会っていた

白い花は、
夜に触れて、
まだ、ほどけない

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夜の東京は、 昼の熱を手放し、 光だけを抱いていた。 翠すいは、歩いていた。 打ち合わせの帰り道。 左手には、白いチューリップ。 つつみはない。 茎の冷たさが、そのまま掌にある。 タクシーに乗れば早い。 けれど、今夜は歩きたかった。 体の奥に残った言葉を、 足音で薄めるみたいに。 そのときだった。 ——ギター。 音が、先に触れた。 弦が空気をかすめるたび、 夜にやわらかな層が生まれる。 翠は、足を止めた。 あまりにも近い。 自分の旋律に。 公園の入り口。 街灯の下。 プラチナブロンドの男が、 アコースティックギターを抱えている。 黒い装い。 大きな体。 なのに、音はやわらかい。 青い瞳が、ふと上がる。 その瞬間。 ——銀の月が、 水面にほどける夜。 翠は、気づかぬまま鼻歌を重ねていた。 ギターが止まる。 視線が、合う。 触れていないのに、 距離がなくなる。 胸の奥が、わずかに熱を帯びる。 息が、浅くなる。 エリーは、その青年を見た。 白い花、と思った。 儚いのに、 水を含んだみたいに、やわらかい。 鼻歌は、 夜をすこし持ち上げる。 エリーは、わずかに笑う。 通りすがりでは、終わらない気がした。 翠は、目を逸らす。 音で繋がるのは、 近すぎる。 足元に、丸い影。 ふわふわの耳。 マジネコの、シュガーちゃん。 「……ルルの」 拾い上げた瞬間。 ——暗い井戸。 石の冷たさ。 底で、誰かが泣いている。 膝が揺れる。 左手の力が抜け、 白い花が、夜に触れた。 「Ça va ?」 低く、やわらかな声。 腕が支える。 清潔な、少し冷たい香り。 目を開けると、 青が、すぐそこにあった。 エリーは、ぬいぐるみを見て、 わずかに眉を上げる。 「……C’est mon Sugar, ça.」 胸が、静かに鳴る。 この夜が、 偶然かどうかは、 まだわからない。 音が、そこにある。 翠は、ただ耳を澄ませた。 音は、すでに触れている。

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